町民の対話から“まちの未来像”を描き出し、共有できるビジョンとして可視化したプロジェクト

  • コミュニティ醸成
  • ビジョン創出
  • ビジョン浸透

東日本大震災から14年。南三陸町は、これまで長らく進めてきた「震災からの復興」の町づくりから「理想の未来をつくる」まちづくりへ、シフトしようとしていた。
そん中、地域の関係者1人1人が、社会のこと、町のことを考え語りあった、「ビジョンドリブン型まちづくり」の実践例。

課題

これまで長らく「震災からの復興」を掲げ進めてきた町も、時代とともに大きく変化。新しいビジョンが必要になっていた。
• 過疎化:震災を機に町を離れた若者の多くが戻らず、人口減少が深刻化
• 価値観の分散:震災を経験し復興を牽引してきた世代と、その後町に移り住んだ世代との間に価値観のギャップが生まれた
• 環境の変化:気候変動により、漁業や観光といった基幹産業に影響が出始めた

共創と取り組み

• 町の関係者と共に、3回にわたるビジョンづくりワークショップを実施
1. 未来洞察で社会の変化をとらえる「未来の社会ワークショップ」
2. 町の思い出と宝を語り合う「この町らしさワークショップ」
3. 理想的な観光と交流の体験を創造する「アイデアワークショップ」
• 理想的な町の未来風景を1枚の絵「ビジョンマップ」として制作
• ビジョンを活動に息づくための観光開発戦略をフォロー

価値化したこと

• 参加者がこの町の課題や特徴、社会の課題と動きを、主観的+客観的の両方から捉え理解した
• 自分たちの町のあり方に誇りと納得感を持てるようになった
• 来訪者にも届く、南三陸ならではの魅力が明確に可視化された
• 不確実な時代であっても、町を支える人々が未来への構想力を持ち、行動へとつなげる土台を構築できた

課題&実現したいこと

東日本大震災から14年。町の復興・振興をリードし、走りつづけてきた南三陸町の観光協会は、新たな課題に直面していました。

「若者の町離れ」「復興経験の有無による価値観のギャップ」「気候変動による自然・産業の変化」といった、社会的・構造的な問題が顕在化していたのです。
そこで、「これからの南三陸はどうあるべきか?」自分たちの手でビジョン描きたい――。そんな住民の声を受けて、南三陸観光協会様より私たちグラグリッドに声がかかり、本プロジェクトがスタートしました。

外部パートナーであるグラグリッドの参加には、南三陸町の住民たちの次のような想いが込められていました。
・フラットな視点をもつ第三者の力が必要だ
・自分たちの想いから出発するボトムアップ型のビジョンづくりに伴走してくれる人が好ましい。

こうした背景から、観光協会が中心となり、地域の関係者のみんなと一緒に「つくっていきたい!」と共感できるビジョンをつくるワークショップを行いました。

共創と取り組み

グラグリッドが提案したのは、「ビジョンドリブン型アプローチ」。これは、“将来のありたい姿から逆算していま何をするべきか”を考えるバックキャスティングの方法であり、今回のプロジェクトでは特に「意味から創るまちづくり」をテーマに据えました。

震災以降、「東日本大震災からの復興」は強く共有された外部からの課題であり、それが町の内部でも強い推進力となって、これまでの活動が展開されてきました。しかし、復興のその先の、新たな南三陸町をつくっていく今回の対象フェーズにおいて、「復興」に変わる外部からのミッションが表出化されていないという現状がありました。

そこでビジョンづくりの第一歩として、「外部の課題を改めてとらえ直す」ことの必要性を提案。
外部の見えにくい課題に目を向け、真正面から向き合いながら、改めて「私たちはなぜ、この町をみんなでつくるのか?」という問いに立ち戻る。
その意味を明らかにすることで、未来へ向けた活動に必要な“引力”を生み出し、地域の内外に熱量を広げていくようなビジョンをつくることを目指しました。

そして、3回にわたるワークショップを実施しています。

■ Day1:未来の社会ワークショップ

社会がどのように変化しているのかを捉え、南三陸が向き合う外部の課題を見つけ出す1日。参加者は事前に「世の中のささいな変化」を収集し、その背景にある社会の兆しを、ワークを通じて発見。兆しをヒントに「変化の仮説」を立て、未来について語り合う土台をつくりました。

▼参加者自らが集めた世の中の「ささいな変化」を共有する様子

 

▼社会でどんなことが起ころうとしているのかを推測し、変化の兆しを発見した参加者

▼発見した未来の「兆し」から「変化の仮説」を推察

ワークショップに参加した地域関係者のみなさんは、普段考えることがなかったような社会の動きや、人間の価値観の変化を捉え、発見してもらいました。

その後のグループディスカッションでは、 「南三陸町の未来のために私たちが向き合うべきことは?」をテーマに議論。 グラグリッドは、ファシリテーションとグラフィックレコーディングにより、対話を深めるサポートを行いました。

▼グループに分かれ未来について語り合う姿

■ Day2:この町らしさワークショップ

外部の視点から内部へと目を向け直す2日目のワークショップ。 参加者には「思い出の写真」を持ち寄ってもらい、 町の良さや誇るべきものを共有することで、南三陸らしさを再発見していきました。

▼世代の違う参加者たちが「思い出の写真」をきっかけに語り合うシーン

▼フィッシュボウル形式で、理想的な観光・交流の姿や、大切にしたいことなど、自分の想いを語りあう様子

▼語り合った内容のグラフィックレコーディング

フィッシュボウル形式で対話を重ねながら、「この町にどんな人に来てほしいか」「どんな交流があるといいか」など、 本音が紡ぎ出されていきました。
普段は言葉にしない想いを言葉にしながら、暮らしの中にある価値が見えてきます。

■ Day3:アイデアワークショップ

最終日は、これまでに見えてきた「未来の社会」と「自分たちらしさ」を踏まえ、これから必要となる具体的な活動アイデアの創出へ。多様なテーマごとにアイデアを出し合いました。

▼ワールド・カフェ形式で参加者自ら模造紙にメモをしながら話し合う様子

▼アイデアを読み解きながら整理

そして、参加者全体で創出したアイデアを共有しながら、同時に、未来の町の風景を可視化する「ビジョンドローイング」を実施。グラフィックレコーディングの応用的展開です。点在していたアイデアが、未来の風景として繋がり合い、「活動の核」が概念かされ、町のビジョンが一つの絵となって立ち上がりました。

▼ビジョンドローイングの様子

1ヶ月間、毎週実施されたワークショップでは、短期間で熱量を持続しながらも、 参加者がじっくりと語り合い、考え抜くプロセスを丁寧に重ねることができました。

このプログラムを開催する事ができたのは、観光協会の事務局メンバーの皆様と、オンラインやメール等での細かな検討を重ね、多様な参加者の背景を考慮した場づくりを共に行うことができたからだと感じています。

価値化したこと

誇りと納得感を持てるビジョンが生まれた

このプロジェクトを通して生まれたのは、単なる“理想の未来像”ではなく、共感され、語り継がれるビジョンです。町への想いや不満を、日常の中で率直に話す場は、実は多くありません。しかし、互いに否定せず、想いを受け止めあえる場を創ったことで、若者から年配者まで、町のあり方に誇りと納得感を持てるビジョンが生まれました。

南三陸ならではの魅力が可視化された

3回に渡るビジョンづくりワークショップの中で参加者全員で描き出した南三陸の未来の姿。この未来の姿を参加者内で留めず、南三陸町の多様な人々や、町外の人々に広めていくために、言葉やイメージを整理したビジョンマップイラストを制作しました。

ワークショップの中で発見した、社会変化(南三陸の方々が感じていた気候変動など)に対して、南三陸の特性、強みといった力を用いることで、人々に提供できる新たな価値が見出され、その提供価値に対して具体的な施策案が絵としてわかりやすく表現されました。

ビジョンマップはただの楽しそうな絵ではなく、こうした南三陸ならではの魅力がたくさん詰まっています。

ビジョンマップに描かれた6つの未来風景は、これから、活動をしていくための指針として、さらには、活動する評価として、共創する仲間を増やすためのメディアとして活用することができます。

クライアントの声

東日本大震災以降、地域住民、事業者、そして私たち観光協会は、
それぞれの立場で「地域再生」や「復興」を旗印に掲げ、全力で走り続けてきました。
当時は、明確な意思疎通の場や合意形成のプロセスを設けなくとも、
誰もが「復興」という共通の目的を心に抱いていました。

しかし、震災から年月が経ち、復興期を過ぎた頃から、
「これから自分たちは何を目指していくのか」
「今日の仕事は地域の将来にどうつながっていくのか」
といった声が聞かれるようになりました。
復興という旗印が見えなくなったことで、次の目標が定めにくくなっていったのです。

そのような中で、「将来の観光地域づくりのあるべき姿を描きたい」「新たなビジョンを示したい」という声が高まりました。
しかし、復興まちづくりの過程では多くのビジョン策定ワークショップが実施され、
最終的には“策定すること自体が目的化”し、記憶から薄れていくケースが多くありました。
その経験から、ワークショップに対して抵抗感を抱く人も少なくありませんでした。

転機となったのは、三澤代表の著書との出会いです。
「ビジョンとは遠くに掲げる静的なものではなく、常に身近に置き、状況や思いに応じて柔軟に更新してよいもの」
という考え方は、私たちに新鮮な視点を与え、前向きに取り組む意欲を取り戻させてくれました。

こうして「未来風景Project」としてビジョン策定がスタートしました。
観光協会の全職員に加え、地域の観光・交流の将来を担う若手理事や会員が参加し、
複数回のワークショップを実施しました。
地域の課題や可能性だけでなく、幼少期の経験や地域への思いといった通常のワークでは扱わないテーマにも向き合ったことで、
単なる意見交換にとどまらず、日頃ともに働く仲間の新たな一面を知る貴重な機会にもなりました。

議論を重ねた結果、南三陸に生み出したい「6つの未来風景」が完成しました。
トップダウンで示される内容に納得しにくいスタッフも多かったため、
ボトムアップで進めたことで、一つ一つの言葉や表現にこだわり、
「自分たちのビジョン」として全員が納得するまで練り上げることができました。

今後は、この未来風景を日々の業務や行動の指針として、より一層活かしていく段階となりましたが、
新年度の事業計画や新規事業の立案においては、
「未来風景とどのように関わるのか」「何を実現できるのか」
といった視点が職員間の共通指標として自然と機能し始めています。

自分たちが描いた未来に向かって、一歩ずつ着実に進んでいけるよう、
このビジョンを日々の判断や行動の拠り所としながら、
これからも取り組みを継続していきたいと考えています。

南三陸町観光協会会長 佐藤太一

グラグリッドメンバーのコメント

南三陸町は、足を運ぶたびに、引き込まれていく魅力にあふれた町でした。
震災を経験し、それでも走り続けてきた人たち。
循環する自然の恵みを尊び、この里を楽しむ暮らし。
そしてこの地では、文化を学ぶ観光も、海の産業を丸ごと味わう体験も、人と人とが自然に手を取り合う中で、ずっと前から当たり前のように続いていました。
この地の文化を学ぶために、国内外からたくさんの人が訪れるのも、心から納得できます。
何度も話を聞き、体験を重ねるうちに、気づけばこの町が、本当に大好きになっていました。

ワークショップでは、「ビジョン」という抽象的な言葉を掲げるのではなく、
参加者一人ひとりが日頃から思い描いている理想や、やってみたいことを、すべて言葉にしていきました。
それらを互いに受けとめ合い、認め合いながら重ねていくことで、この町ならではの価値が、少しずつ、でも確かに、明確になっていったと感じています。
この取り組みが、互いを認め合い、未来へと向かう一歩を踏み出すきっかけになっていたのだとしたら、これほど嬉しいことはありません。

 

 

関連書籍:「正解がない時代のビジョンのつくり方